Manson Guitars :  MUSE Mattew Bellamy Led Zeppelin John Paul Jones  も愛用するブランド  Manson Guitars UK!
 
Manson Guitars / MUSE の Mattew Bellamy や Led Zeppelin の John Paul Jonesも愛用のUKブランド
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about mason guitars

イギリス南部の都市“エクセター”のMccoys Arcadeの一角に佇む、イギリス国内でトップクラスのプロショップ&ワークショップを営むUKを代表するミュージックショップ兼工房【 Mansons Guitars (マンソン・ギターズ)
 
イギリス国内では4箇所しかないGibsonのオフィシャル・サービスセンターでもあり、世界でも数少ないBuzz Feiten Tuning Systemのインストール/アップグレードを行うなど、その技術の高さで知られており、オーナー【 Hugh Manson 】自身、Washburn, Tokai ,BC Richなどのサービステクニシャンでもあります。
そのオーナーであり、30年以上の間、世界中の革新的ミュージシャンのために製作をし続けるビルダー【 Hugh Manson 】が手がけるブティックブランド“ Manson Custom Guitar
 
彼の顧客には MUSE Mattew Bellamy (マシュー・ベラミー)、 Led Zeppelin Them Crooked Vultures のベーシスト、ジョンジーこと John Paul Jones (ジョン・ポール・ジョーンズ)、 Nirvana Foo Fighters Dave Grohl (デイブ・グロウル)、をはじめ、Yes, Oasis, Stereophonics, The Undertones, Arctic Monkeys, Jethro Tull, McFly, Ash, Foreigner, Hawkwind, Ben Harper etc...多くの世界のトップアーティスト、トップミュージシャンがおり、厚い信頼を得ています。
長年に亘り個人のオーダーのみしか製作することがなく同じモデルを作る事がなかったHugh Manson 】がそのアイディア・製作技術・木材やパーツ等の仕様を一切妥協することなく一般のプレイヤーに向けてヨーロッパの工房(チェコのハイエンド系工房)で製作本国UKのワークショップでセットアップされ、作られるブランド【 Manson Custom Guitar 】が遂に日本で紹介できることになりました。
 
生産本数は非常に少なく、潤沢に入荷できるブランドではありません。世界的に見ても彼らのギター&ベースを扱える店は少なく、当店がその幸運に恵まれたことを非常に嬉しく思います
世界が認めるトップクラスのクオリティと、サウンドルックス、そして【 Manson Guitars 】という唯一無二の存在を是非手にしてみてください。

History of Manson

 
時にして60年代。ヒューの兄、アンディ・マンソンが、最初のアコースティックギターを製作したちょうど17歳のその時がManson Guitar Worksのルーツといえます。
 
アンディは、サウンドボード(反響板)に関する科学の講義に特に興味を持ち始めた1968-69年に、London College of Furniture(家具設計・製作に関する大学)で勉強をしました。
 
70年代後半~80年代前半に行ったロンドンのManson Guitarsの展示会では、アンディがハンク・マーヴィンの最新のリフをチェックする間、ヒュー モーターヘッドのレミーのダミ声を聞いている姿を写真に見ることができます。
 
アンディは、情熱アコースティック楽器例えばマンドーラ、ブズーキや他の民俗音楽器具 専門に扱っているギター 修理 / 製作ビジネスへと発展させました。
 
ヒューのギター製作がエレクトリックに特化することに決定したのはこの後まもなくのことでした。
これは、現在のマンソンギターワークスの最初の基盤になることでした。

 

 
1970年代、イースト・サセックス クロウバラを製作拠点に、ベースのセミオーダーモデルの他、一本もののカスタム楽器を製作を始めます。マンソンエレクトリックの歴史では、この時期のセミオーダーモデルはケストレルマーリンシリーズと呼ばれています。
 
ちょうど現在のMシリーズのようなセミオーダーモデルと、ワンオフのカスタムモデルを当時も製作していたことになります。
 
当時のフルカスタムの大きな仕事の例は、英国のストリング会社Rotosoundの商標である吠えたライオンのインレイを入れたベースの製作などがパンフレットで見ることができます。
 
ベースを弾いているスケルトンの画像はマンソンギターのイメージとして今までも何度も登場していますが、誰もなぜそのイメージを使用したのか答えられません(笑)
 
1970年代の10年はまさに発展の時でした。顧客の要求が2つのカテゴリー(セミオーダーとフルカスタム)にに洗練されるまで長くありませんでした。
プレーヤーが、他のいかなるギターでもすることができなかった音楽を演奏することを可能にするフルカスタムへの要求と、UKで設計された、我々が” Production Custom”と呼ぶのが好きな、様々なオプションでスペックアップできるセミカスタム。
 
いろいろなスローガンとロゴがこの70年代の間に作られました。ならびに、何十ものプレスはギターの品質と技巧を称賛してくれました。
 
70年代後半~80年代前半の会社のスローガンは品質、経験、価格、価値を押し進めました。そのスローガンはこうです。
 
『もしあなたが、あなたの音楽を気にするならば、あなたはあなたのギターを気にするはずです。つまりセカンドベストに落ち着いてはいけません。MOVE UP TO A MANSON !(マンソンに移行しなさい!)』

 

 80年代は、マンソンギターのオーダーが世界に拡大する、また大きな変化があった時期でした。
新しいスローガン” GUITARS FROM THE WOOD(ギターは木から)といった『TweakedLogo』も登場しました。
 
生産された一人ひとりのギターのために記録されたシリアル番号やフルオーダーブックは、この時点で既にMasnon Guitar Worksが多様なギター製作の範囲を持っていたことを示しています。
80年代はじめのうちに、国際的なアーティストのオーダーや修理など多く手掛けるようになっていました。このころのノートには ジョン・ポール・ジョーンズ  ジャック・ブルース  ジェフ・ベック~  パンクバンド やどこにも属していないセッション プレーヤー 例えば ジョン カリー )などまで様々な楽器製作や修理を受け付けていたことがわかります。
 
ヒューとアンディが、デボンのワークショップに移り、ヒューがエレキギター&ベースだけを専門にし独立したワークショップスペースを持つと決めた時には、2人のマンソン兄弟の間で、アコースティック/エレクトリックの独立がこの時さらに定着しました。
 
動作まで丁寧に記録された当時のシリアルブックは、ヒューとアンディの共同のワークショップから生み出された機器であるという事実を詳細に守っています。
このシリアルブック=『バイブル』にしるされた最後のエントリーは870310、ココボロトップのManson Kestrel Bass と記されています。

 

その後、アンディがアコースティックに、ヒューがエレクトリックに自身の愛情を追跡しました。シリアルの次のエントリーは940607、ミステリアスなエレクトリック・ベースを記しています。2人の共同のワークスペースでの生産はその日付の間にもまだ続いましたが、スチール写真と日付は残されていますが、シリアルの数字はこの期間は記録されませんでした。
90年代 は、大きな 変化  もう一つの 段階 に差し掛かっていました。
 
1991年、ベース関連のすべてのものに興味があり、弁護士の資格も有するのちの共同経営者:エイドリアン・アシュトンは、世界的に有名なベース工科大学で勉強するために、仕事を辞めてロサンゼルスに飛び立ちました。
大学期間、Sperzelのサドルのことを理解しているきちんとした楽器店がどこにもないことにフラストレーションを感じ、ヒューと同僚ジェイヘンソンとパートナーシップを形成するためにUKに戻ります。
そして199211Manson’s Guitar Shop がオープンすることになります。
 
ヒューの弦楽器製作者のスキルとギターの業界知識と、エイドリアンのベース ・ノウハウと法律の専門知識が結合することで、あらゆるギターにおいて、最高のアドバイスやサービスを提供するという気風が形成されます。
 
Mansons Guitar Shop は、今もまだ、旧店舗と僅か数百メートル離れた大きく新しい店舗でうまく作業しています。オリジナルの建物は、16世紀の特徴的な壁の小さな建物でしたが、チームの結合された知識は、狭い作業スペースにのいかなる欠点にも打ち勝ち、すぐに数百人のカスタマーが狭い石畳のレーンを通い始めました。
ショップがオープンして10年の内に、レッドツェッペリンのジョン・ポール・ジョーンズとジミー・ペイジ、ミューズのマシュー・ベラミー、オアシスのノエル・ギャラガー、ハンク・マーヴィン、ジョー・ボナマッサ、アッシュのティム・ホイーラー、イエス/エイジアのスティーブ・ハウを含む、その他何十もの伝説的なギター・プレーヤーたちが顧客として訪れ、多くの人たちがManson Apparel を着用し敬意を表してくれています。

 
 

また、 この時期に ワークショップのリペアの拡張の為に、現在の重要なメンバー:ティム スターク  ローマドブスを雇い入れ、ヒューの指導のもと、彼らトレーニング開始しています。
また、エイドリアンは、ヒューに第3のマンソン・ベースを構築することを勧め、エレクトリックベースのデザインを思い付きました。
すぐにこのベースは、 すでに数本を所有していたレッド・ツェッペリンのジョン・ポール・ジョーンズの注意を惹きワンオフのカスタムにそれらのアイデアを組み込み洗練させていきました。
旧店舗から新店舗への移転はカスタム生産をスローダウンさせましたが、創造性の観点からは、ヒューとチームはちょうどウォームアップをするかのようでした。
 
2000年代、マンソン・ギターショップが新しい大きな敷地内に移転すると、オリジナルの建物は”Manson Guitar Works”として専用に製作をするスペースとして稼働することが可能になりました。
 
この時点での最も重要なカスタムの一つ、ミューズからのマシュー・ベラミーのために作られた「デロリアン」、をこの時期に製作しています。
 
このユニークな楽器は、エレクトロニックの天才:ロン・ジョイスの助けを借りてインストールした複数の回路を特徴に、ヒューとマットが共同で開発しました。
ギターの名前は、映画'Back To The Future'のデロリアンを参考にしたギターを覆うアルミニウム・フィニッシュにちなんでつけられました。

 

 2000年代終わりにエイドリアンとヒューは、小売店を大幅に拡大し、ギターの製造作業の間の混乱を無くすために、Manson Guitar Works Ltdを設立することに決めました。
現在、Manson Guitar Works Ltdは、長らく従事しているティム・スタークとローマドブスが参加し、MAEシリーズのようなギター製作の範囲を広げています。
 
我々のユーザー・リストは、あらゆる音楽のスタイルからプレーヤーで拡大し続けました。
例えば、 Dave Grohl, Nick Beggs (Steve Hackett), Baz Warne (The Stranglers), Noisemaker (Japan), Seasick Steve, James Leach (SikTh) ,  Simon Neil (Biffy Clyro)その他いろんなアーティストがマンソンギターズの楽器を使用しています。
 
今日、マンソンギターワークスは、Production Customの範囲を広げています。
あなたは、マンソンギターを地元の小さなクラブや、またはウェンブリーアリーナなど壮大なステージ上で見つけるかもしれません。
私たちのラインナップを探検し、次の10年のために向かっている製品を見つけてください。