Who
is Dr.Lake? |
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さて、あぽろん鰍ェ絶大なる信頼を寄せるエフェクト・アンプ博士”Dr.Lake”はどのようにして産まれたのか? |
▼Dr.LakeができるまでのSTORY: 
新潟県のとある町で生を受けたDr.Lakeは自然豊かな土地で緑に囲まれながらすくすくと育った。 〜 だいぶ省略(笑) 〜 ●リスナーとしての音楽との出会い。。。。 その後時はフォークブームになり、それなりに聞きましたが映画ウッドストックとの出会い、「CSN&Y」とか「ジェームス・テイラー」と出会い、暗い感じの日本のフォークを尻目にしながら(失礼!笑)それらの未だ見ぬ雄大なアメリカ大陸を夢想させられる洋楽に魅了されると同時に、徐々にギターの弾き方を覚えて行きました。」 ●そして渡米 〜すこし省略〜アメリカ行き。時は76年、Rock、Pop、Jazzなどあらゆる音楽が急速に動いていた最も重要な時期 「渡米で人生が変わりましたね。(笑)取引のあったアメリカの会社でトラブルがあり、現地でのメンテナンス・サポート係として”若い”という理由で急遽派遣に抜擢されましたんです。21歳でした。 もちろん英語など話せるわけも無く言われるまま飛行機に飛び乗りLAに到着。幸いお迎えは現地の会社の方が来てくださったんですが、そのままモーテルへ放り込まれました。右も左もわからない、言葉も通じない若者にとってアメリカのモーテルほど怖いものはありません!ぺなぺななドア、薄い壁から漏れ聴こえる英語にドキドキ・・・映画でしか聞いたことの無いあのパトカーのサイレンなどなど全てが恐怖につながり丸一日ただただうずくまって居たように思います。 そんなこんなで何とかアメリカ生活に少しずつ慣れて半年、その頃はLA〜Bostonに移っており、せっかくアメリカ生活がちょっと面白くなって来たところに会社より「任務終了」ということで帰国。。。 〜すこし省略〜 ●再渡米〜滞在 その後は又日本で業務をこなしていたある日、社内で再度「アメリカで〜〜」という噂を聞きつけ、今度は自ら手を挙げ再渡米しました。当該業務は終了し帰国するタイミングになったが、その頃には友人も出来てすっかりアメリカ生活を気に入っていたため社長に直談判の手紙を書き、承認を得、晴れて正式に”アメリカ現地会社駐在”要員となり、LA/Torrence を拠点にし主にComptonやVan Nuysに有るカーステレオメーカーでのサポート業務などをやりました。 ●アメリカで初エフェクター修理〜本場の洗礼 アメリカ滞在中に初めて仲良くなったアフロアメリカンの一人が「お前エレクトリックディバイス直せるならコレ直せるか?」と、日本では見たことの無かったなにやら弁当箱みたいなエフェクターを持ってく来ました。(あとで分かったがMXRのオリジナルコーラスでした)それまでエフェクターの存在は知ってはいたものの、実際に中身まで見たのは初めてだったんですが、テスターで故障箇所を突き止め、必要なパーツは電気会社であったため使える物を倉庫から調達して修理しました。そんな事がきっかけになり、彼がミュージシャンであったためその友人達からも続々と壊れた機材が持ち込まれることになり、数多くのエフェクターやアンプなどの機材修理を経験して行きました。 ある日彼のバンドのライブに誘われ見に行き、アマチュアながらその上手さに日本と欧米のレベルの違いを思い知らされました。そこで初めて見る小さいけどめちゃくちゃ音の良いアンプの音を体験。それがMesaBoogieでした。 スモールクラブでの演奏中、3弦が切れたラリーは演奏中に一旦楽屋の方に戻り、弦を換えてから出てくるのかなと思ったら弦はそのままで彼の右手にはなぜかペンチが握られているじゃないですか!?何をするんだろうと皆が見つめる中、な・な・なんとおもむろに1・2弦をバツバツと切っていくではないですか!?!?!? その後もLos Angeles DowntownにあったBakedPotateをはじめ、Redondo Beach、Santa Monica、Pasadena等々にある多くのクラブに通い本場の音楽を肌で感じる事が出来ました。何より圧倒的は上手さとサウンドの良さに感動しまくりましたね。 ●帰国〜日本のサラリーマン社会の洗礼 3年半程経って”任務終了”、日本の会社の業容も変化するということで帰国命令が出ました。現地で仕事〜プライベートで充実した生活を経験し、すっかりアメリカという文化にどっぷりはまり込んでいた自分としてはずっとあちらで生活したかったのですが止むを得ず戻ってきたわけです。 もともと性に合っていた上、20代前半〜の最も多感な時期に暮らした計4年でアメリカ流の感覚が染み込んだ自分にとっては帰ってきてからの日本の会社、サラリーマン体質には中々慣れませんでした。もちろん若気の至りで社会性も乏しかったと言う事もあり、なんと言ってもフリーダムの無い社会には辟易とし、実際、なんとか”社会性のある大人の日本人”としてのサラリーマン生活に疑問を持たなくなって慣れたと言えるまでに丸丸9年は掛かったと思いますが、それはもう大変でしたよ。。 ●地元でのバンド活動〜あぽろんとの出会い その後は結婚し子供も出来、音楽、楽器的なことで言えばせいぜい地元の仲間達とバンドを始めたくらいでしょうか。アメリカ時代に買った80年代のGibson
LP-Herritageをメインギターにフュージョンなどをやっていました。 ラッキーな事にその部長さん(今は専務さん)とは音楽や楽器に対する考え方で共有できる所が多く、特にまずは”本場の本物の音楽のサウンド!”という部分に対するコダワリが共通だったためいろいろな話が出来ました。 今ではお蔭様でオリジナル品もapollonmusic.comを通して全国に流通し多くの方々から評価していただきたい変嬉しく思います。更に現在はよりDr.Lake製品を製作する環境も整い、これからはより息の長い定番として末永く使って頂ける製品を創っていけるよう努力したいと考えています。 |
▼Dr.Lakeはハンドメイドですが、設計は本格的CADソフトを用いて一台一台丁寧に設計しております。

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