1970年代
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★ようちゃん と言っても本間じゃないよさん 2013.01.27

40年前の東掘2の店はアコースティックしか並んでないちっこい店でしたが
当時のミュージシャン御用達の「ジムダンロップのカポ」は新潟ではココでしか手に入
りませんでした。
通販などほとんど考えられなかったこの頃、エレクトロ・ハーモニクスの名器「BIG MU
FF」も
注文して買えました。
店の2階は倉庫兼社長の住まいで、山のように積まれたギターケースの谷間の寝返りす
らできない空間に
「気を付け!」の姿勢で寝ていたという逸話があります。
学校の帰りに店に行くと笠原社長はいつも不在、経理のHさんが古町のパチンコ屋”マ
ルゲン”に電話して
呼び出してくれました。当時は携帯電話などは無いので店内放送で「あぽろんの笠原さ
ん、至急お店にお戻りください」と呼び出されるのを笠原社長はどんな気持ちで聞いて
いたのでしょう。

僕はと言えば、大学の4年間の春・夏・冬休みはずっとあぽろんでアルバイト、休み以
外の時期は笠原社長の紹介で東京のイシバシ楽器でやっぱりバイト、卒業して就職した
会社を体を壊して辞めざるを得なくなりフリーターだった時期もやっぱりあぽろんでバ
イト。最初(?)の嫁さんもあぽろんの常連客の女性でした。 (^_^;)
笠原社長には開店時から世話になりっぱなし、親も同然!、感謝です。

僕にとってあぽろんは楽器屋というより友達の家みたいな感じかな。
居心地の良さが40年続いている秘訣ではないでしょうか。

写真は1980年1月、ラりーカールトンと並ぶ 若き日の「笠原”あぽろん”大仙」氏。
オシャレな(?)白いタートルネックにブレザー、青年実業家(?)の片鱗が見て取れます。
(^_^;)
ゴダイゴを呼んでコンサートの打上げでメンバー達と「電線音頭」を踊って大騒ぎした
のもこの頃です。

何はともあれ40周年おめでとうございます。益々のご発展をお祈りしております。
社長、これからも「山文」の帰りは顔を出してくださーい。(^_^)v