Who
is "Master" Seki-san? |
当社のギター・ベースメインテナンスをやっていただいているブレーン、Master, Sekiさんのストーリーです。 |
新潟県の小京都とも呼ばれるとある町で生を受けたSeki-sanは、ごく普通の少年として育った。 〜 だいぶ省略(笑) 〜 ●リスナーとしての音楽との出会い。。。。 とりあえず凄そうなトレモロも付いているし良さそうだと思って買っては見たものの、ペグを回してもいっこうに音程が変わらない!?・・・ロック式のトレモロに慣れるまで少々時間が必要でした。。 その後個人的には完全に洋楽好きになっていき、モトリークルー、イングベイ、Mr,Bigなどなど、よりハードなギターソロ志向になっていき、「なんだかやっぱり質の良いギターじゃないとダメだ」と思い立ち、又必死でバイトをしてとりあえず10数万円になったところでギター雑誌に出ていた茶色の高級そうなストラトタイプに何故か惹きつけられ、迷わず新潟のあぽろんへ電話して即注文!Schecterの20数万円のマホガニーボディー、マホガニーネック、エボニー指板、モンスタートーンのモデル。今考えても中々良いチョイスだと思いますが何故このギターだったのか、よく覚えていません??なんとなく、その「色合い」に惹かれたのは記憶にあるんですが・・・このくらいのギターを買えば練習せざるを得ない状況になりますよね、それからは、とにかく練習しました! 最初、心情としては99%の希望で”○●○ミュージックスクール”のギター製作課。とりあえず見学したいと電話してみたところ、「今日は休みなので無理です!」とあっさり断られたため、やむなくもう一つの”○○○○○○○エンジニアスクール”の方を見学し、講義内容などの説明を受けて印象が良かったのでこちらへ入学しました。説明してくれた事務員さんも親切でしたし、一説によるとあちらは毎日半ドン、こちらは4時半までだが放課後に残ってもOK、更にあちらは限られた材料しか使えないのに対してこっちは結構な材が揃っているという話でしたしね。在学中は通常夜6時頃まで実習した後友達と遊びまくり12時頃帰宅して3時頃起きて新聞配達というハードな日々で毎日眠くて体が揺れている様な感
ギター工房への就職はとりあえず一旦すっぱりと諦め、とりあえず地元に帰るか・・と言う事で故郷の高級桐箪笥製造の会社に入ることに。元来子供の頃から何かを造る事が好きだったため、楽しく毎日を送っていました。特にここで職人さんから習ったノミなどの刃物の研ぎ方は後にギター製作にも十分役に立つ事になりました。非常に勉強になりました! ●ギター製作学校講師&モニターミュージシャン向けギター・ベース製作の日々 二年生になるとほとんど実習になるため講師は手が空く時間が出てきます。このメーカーではその時間を利用して一部の講師にミュージシャン、モニター向けのハンドメイドやプロトタイプなどの製作を委ねていました。自分もかなりの数を ラルクのケン、瀧川一郎、ジャンヌダルクのベース、そしてHIDEのHR(バットマンみたいな)のワンオフモデル(これは私の製作した物がHIDEミュージーアムのショーケースの中で大切に保管されていたと見に行った生徒から聞きました。) そのスクールには計8年間講師として在籍し、それなりの数の生徒さんたちを教えた事になりますね。彼らの中にはもちろん今でも楽器メーカーで製作に関わっている人達も居ますよ。 ●再帰郷〜あぽろんとの出会い 8年目は2年生を教えていたんですが、彼らが卒業して新入生が入ってきたら後2年=10年・・・と思うとそろそろ潮時かなと思い、遠距離恋愛の彼女を地元にずっと待たせていることもあり、とりあえず就職の当ても無いんですが帰郷を決心しました。 帰って来てすぐ、地元の知人と話していると「帰ってきたんだ?それならリペアやれば?店に聞いてみようか?」ラッキーな事にその彼はあぽろん三条店でバイトをしていたのでした。そこからはトントン拍子、バイト→三条店店長→専務に話が回り、是非やってもらいたいと言う事で2002年頃からあぽろん専属のギター・ベースの修理、改造、又Nashギターなど輸入品のチェックメインテナンスなどを担当する事になり、自宅倉庫に作業場を作って開始! 大好きな地元で自分の作業場でギターに向かい、休める時は自宅近くの川でもう一つの趣味である釣りに興じる・・充実した日々を送っています。 |
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
▼ mo’
works! ▼ |
|||||
All rights reserved,©copyright
apollonmusic co,ltd Japan![]()